出雲国に関するニュース


「おたまはん」の次は 観光へ農業へ
朝日新聞
一方、「出雲国風土記」にもでてくる出雲湯村温泉の国民宿舎清嵐荘は、築40年を超える老朽施設で慢性的な赤字経営だった。伝統ある温泉と20人の雇用を守るため「ふるさと村」が05年から指定管理者を引き受け、食事やサービスを改善してきた。 ...


山陰中央新報

(46)版木と出版事情
山陰中央新報
巡礼者向けの出版物としては、松江市の浄心寺の珪道が著した「出雲巡礼三十三所霊場記」(1798年)をはじめ、「出雲国三十三所札所めぐり」(1824)や松江郷土館所蔵の「出雲札三拾三所道法順付絵図」(1817年)もあった。 他方、「巡拝記」は超大作という ...


白銀の舞神楽大会:勇壮・華麗、舞を披露 石見神楽10団体、大田で /島根
毎日新聞
海を越えて侵攻してきた鬼神悪鬼の軍勢を出雲国日御碕の女神が討ち取るという筋の「日御碕」では、鬼にふんした演者が舞台から客席に降りてきて、「なまはげ」のように恐ろしげな身ぶりで観客を脅かしていた。また、ロビーには石見神楽に使用する衣装や面が展示され、 ...


山陰中央新報

(44)朝鮮ニンジン
山陰中央新報
出雲国朝鮮人参史の研究」(小村弌著)によると、松江藩では6代藩主・松平宗衍(むねのぶ)が栽培を手掛けたという。 延享2(1745)年の宗衍の初入国当時は、相次ぐ風水害やイナゴの害で藩財政は最悪。豪商の献金などでしのぐ中、江戸藩邸内で宝 ...


MSN産経ニュース

国公立大2次試験…島根大でも会場準備
読売新聞
法文学、教育学など4学部は25日に松江キャンパスで、医学部は25、26両日に出雲キャンパス(出雲市塩冶町)で試験を実施する。合格発表は3月9日午後6時。後期日程は同12日試験、同23日合格発表。全体の倍率は前期が3・7倍、後期が9・0倍となっている。
山陰3大学で2次試験始まる山陰中央新報

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出雲国に関する質問

出雲国 出雲について

「出雲国造家(いずもこくそうけ?)」と「出雲大社国造家(いずもたいしゃこくそうけ?)」の違いを教えてください。京都の冷泉家もすごいですけど、こっちはもっとすごいですね。なんせ、天皇家に次ぐ古格を有するそうですから。憧れてしまいますね。

  出雲についての詳細


出雲国 幕末の出雲国の国司って…

幕末(文化5〜10年頃)の出雲国の国司(国主?)は誰だったのでしょうか。そもそも江戸時代、藩体制になったのに国司(国主?)はいたのでしょうか。勉強不足で申し訳ないですが、知っていらっしゃる方、ぜひ教えてください!

  幕末の出雲国の国司って…の詳細


出雲国 出雲大社近くのスーパーパワーゾーン

出雲大社の近くに「地元では超有名なスーパーパワーゾーンがある」とFM放送の番組で竹内まりやさんが言っていたのを聞き、とても興味をもちました。行ってみたいのですが、どこなのでしょうか?ご存じの方、おしえてください

  出雲大社近くのスーパーパワーゾーンの詳細


出雲国 結婚式

時代劇でみる結婚式は、「高砂や〜♪」とか人前結婚式っぽいんですが、日本人はいつごろから神主さんの前で神道形式で結婚式するようになったのですしょうか。

  結婚式の詳細


出雲国 家紋について

ておらず、ずっとルーツは不明だったのですが、三十年ほど前に、今の私の大叔父に当たる人が出雲大社に訪れたとき、出雲大社の神紋である、「二重亀甲に剣花菱」と同じものであることに初めて気づいたそうなのです

  家紋についての詳細


出雲国旅行記

日本の旅 関西を歩く 兵庫県・龍野(たつの)城跡の光景(by さすらいおじさんさん)

出雲国
兵庫県たつの市は姫路藩池田氏、龍野藩を立藩した本多氏らを経て脇坂氏が明治維新まで200年にわたって治めた5万3千石の城下町の町割りや武家屋敷が残っており「播磨の小京都」と呼ばれている。龍野の名の由来は『日本書紀』に登場し、垂仁天皇(すいにんてんのう、BC69-AD70と伝えられている)の命で当麻蹴速(たいまのけはや)と角力をとって勝ち相撲の神となった出雲国の勇者・野見宿禰(のみ の すくね)がこの地で没し、出雲から埋葬に多くの人が来て野に立ち並んだことから「立野」と呼ぶようになり「龍野」に変わっていったそうだ。龍野城は鶏籠山(けいろうざん)山麓の平山城本丸御殿が再建され豪華な内装を無料で見学できる。また再建された城門や本丸に至る石段も時代劇に登場するような光景だ。
(写真は龍野城の石段)

【旅行時期】2008/09/28~2008/09/28
【エリア】揖保川・龍野
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】さすらいおじさん

日本の旅 関西を歩く 兵庫県・龍野(たつの)の聚遠亭(しゅうえんてい)と龍野神社(by さすらいおじさんさん)

出雲国
龍野(たつの)の鶏籠山(けいろうざん・標高218m)にある庭園・聚遠亭(しゅうえんてい)は、龍野藩主・脇坂氏の上屋敷だった。11代将軍・徳川家斉(とくがわ いえなり1773-1841年)の老中・将軍補佐として寛政の改革(かんせいのかいかく1787-1793年)を行った松平定信(まつだいら さだのぶ1759-1829年)が庭園からの眺望をたたえて「聚遠の門」と呼んだことが名前の由来だそうだ。心字池には数奇屋風の茶室が浮かび隣りには「楽庵」という茶室や「御涼所(おすずみしょ)」があり、庭園は良く手入れされており美しい。
聚遠亭(しゅうえんてい)の隣には龍野神社がある。
龍野藩脇坂家の祖で賤ヶ岳の七本槍の一人、脇坂安治(わきざか やすはる1554-1626年)を祀る神社で1862年に龍野藩9代藩主・脇坂安宅(わきさか やすおり1809-1874年)が龍野城の西に建立した。当麻蹴速(たいまのけはや)と角力をとって勝ち相撲の神となった出雲国の勇者・野見宿禰(のみ の すくね)も合祀されている。龍野とすもうとの縁が深いことは興味深い。
(写真は聚遠亭心字池に浮かぶ数奇屋風の茶室)

【旅行時期】2008/09/28~2008/09/28
【エリア】揖保川・龍野
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】さすらいおじさん

ひとり旅 [279] 中国5県&兵庫&京都1500Kmの車旅【4】 <出雲大社②>島根県出雲市(by Godzilla.T&Nさん)

出雲国
<中国5県&兵庫&京都2泊3日1500Kmの車旅>

●出雲大社②
 大社は「出雲国風土記」に登場した古代ロマンの地
 出雲大社は「天日隅宮(あめのひすみのみや)、天日栖宮(あめのひすのみや)、所造天下大神宮(あめのしたつくらししおおかみのみや)、杵築大社(きずきのおおやしろ)ともいわれています。
 祭神大国主命は「大己貴神(おおなむちのかみ)、八千矛神(やちほこのかみ)、所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)、葦原色許男神(あしはらしこおのかみ)、大物主神(おおものぬしのかみ)」などの別名で呼ばれています。

【手記】
 55歳半、想い出をさがしながらがんばってひとり旅をしています。疲れますけどー(^^;)
 今回は2泊3日1500キロメートル!!車移動ひとり旅ならでは・・・ですね。またまた旅行記作成が大変ですわ~。(まっ、好きでやってますから)

●広島→島根→鳥取→兵庫→京都→兵庫→岡山→広島→山口→広島
 {マーク:★旅行記アップ予定 ☆休憩 ▽移動}

【1日目】
★湧永満之記念庭園…広島県安芸高田市甲田町
★三次ワイナリー…広島県三次市東酒屋町
★道の駅奥出雲おろちループ…島根県仁多郡奥出雲町坂根
★JR出雲坂根駅延命水…島根県仁多郡奥出雲町八川
★出雲大社…島根県出雲市大社町杵築東
★旧大社駅…島根県出雲市大社町北荒木
 ▽山陰自動車道斐川IC ON
 ▽山陰自動車道松江玉造IC OFF
★水木しげるロード…鳥取県境港市大正町~本町
★妖怪神社…鳥取県境港市大正町
☆弓ヶ浜海岸展望台PA…鳥取県米子市皆生温泉~境港市
☆道の駅ポート赤碕…鳥取県東伯郡琴浦町別所

【旅行時期】2008/04/29~2008/05/01
【エリア】出雲大社
【テーマ】
【投稿者】Godzilla.T&N

香取市散策(1)・・神話の世界に誘う香取神宮を訪ねて(by YAMAJIさん)

出雲国
香取神宮の創建は古く、神武天皇十八年(紀元前7世紀)と伝えられています。御祭神は、日本書紀に登場する出雲の国譲りの神として有名な、経津主大神(フツヌシノオオカミ)です。

国譲りの神話の内容は、はるか昔、天照大御神(アマテラスオオミカミ)(伊勢神宮内宮の御祭神)が日本の国を治めようとしたが、荒ぶる神々が争い荒れていました。それで、天照大御神は、八百万神と相談し、出雲国の大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)(出雲大社の御祭神)の元へ、天穂日命(アメノヒホノミコト)を遣わされましたが、大国主大神に従ってしまいます。次に天稚彦(アメノワカヒコ)を遣われますが、忠誠の心がなく、顯国玉神(ウツクシクニタマノカミ)の娘を妻として、自ら国を乗っ取ろうとしますが、亡くなってしまいます。

二度にわたり失敗し、天照大御神は、慎重に八百万神に相談されると、神々は口を揃えて、経津主大神こそふさわしいと申し上げました。そこへ武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)(鹿島神宮の御祭神)が申し出られたので、共に出雲に派遣されることになりました。経津主、武甕槌のニ神は、出雲国の稲佐の小汀(イナサノオハマ)に着いて、十握剣(トツカノツルギ)を抜いて逆さに突き立て、武威を示されると、大国主大神は天照大御神の御命令に全く異議はありませんとのことで、平国の広矛(クニムケノヒロホコ)を受け取り、二神は日本の国を平定して、天照大御神の元へ複命されたのです。

香取神宮は、古代から国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が篤く、特に「神宮」の御称号は明治以前には、伊勢・香取・鹿島の三社のみに許されていました。中世以降は下総国の一宮、明治以降は官幣大社に列せられ、毎年四月十四日の例大祭には宮中より御使いが参向される勅祭の神社です。現在も、国家鎮護、国運開発の神として、また、民業指導の神、武徳の祖神として、広く国民の崇敬を集めています。



【旅行時期】2007/08/11~2007/08/11
【エリア】佐原・大栄
【テーマ】寺社・札所めぐり
【投稿者】YAMAJI

大山ドライブの旅 大山 蒜山高原(by marukunさん)

出雲国
大山は昭和11年、日本で3番目の国立公園となり、その後昭和38年に蒜山地域、隠岐島、島根半島、三瓶山地域が追加指定され現在の「大山隠岐国立公園」となりました。中国地方の秀峰・大山を中心に、美しい弓型を描く海岸線、のどかな牧場風景が心を癒す蒜山と、観るところには事欠きません。また、これらは四季折々にその美しさを変え、自然のままの季節を肌で感じることができます。

出雲国風土記「国引きの神話」にも登場し、古代から『神々がおわす山』として崇められてきた大山は、日本海にそびえ立つ孤立峰で、最高地点は1,720mと中国地方の最高峰です。西側(米子市方面)から大山を臨むと裾野が雄大に広がり、その美しさから『伯耆富士』と呼ばれていますが、北側、南側からは岩肌も荒々しい山へとその眺望は一変します。中国地方随一のブナやミズナラの自然林が広がる大山は登山にも絶好のポイントです。



鳥取と岡山の県境・蒜山三座の麓に広がる蒜山高原は、四季を通じて楽しめるリゾートエリア。ジャージー牛が草を喰む牧歌的な風景の中、ハーブガーデンやジャージーランドなど、高原ならではの美しい自然と味覚を堪能できます。


1000m級の上蒜山、中蒜山、下蒜山の蒜山三座の南裾野に広がる盆地。なだらかな山々をバックに、のんびりと草を食むジャージー牛。そんな牧歌的な光景が広がる「西の軽井沢」蒜山高原は都会がなくしてしまった何かを思い出させてくれる場所です。夏は、キャンプや登山、サイクリング、冬はスキーなどのアウトドアレジャーが楽しめます。

【旅行時期】2006/05/~2006/05/
【エリア】大山周辺
【テーマ】ドライブ・ツーリング
【投稿者】marukun

出雲国とは?

出雲国(いずものくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国 国の一つで、山陰道に位置する。現在の島根県東部にあたる。雲州(うんしゅう)と呼ばれることもある。延喜式での格は国司#国等級区分 上国、中国。
出雲は稜威母(イズモ)という、日本国母神「イザナミ」の尊厳への敬意を表す言葉からきた語、あるいは稜威藻という竜神信仰の藻草の神威凛然たることを示した語を、その源流とするという説がある。
古代出雲は、青銅器を主とする西部出雲(現;島根県出雲市付近)と鉄器を主とする東部出雲(現:島根県安来市、鳥取県米子市、大山町 (鳥取県) 大山町)の二大勢力から出発し、以後統一王朝が作られ、日本海を中心とした宗教国家を形成したと考えられている。特に東部出雲は律令下のいう伯耆国まで連続的な文化的つながりがあったため、特に弥生時代 弥生期では出雲と伯耆(鳥取県西部)を出雲文化圏とする向きもある。考古学的見地からは、古墳が発達する以前の特徴的埋葬様式四隅突出型墳丘墓 四隅突出墳の分布状況からすると、北陸地方なども上古出雲とすべきとの説もある。これらの環日本海への版図拡大の逸話は国引き神話として出雲国風土記に記されているとの見方も有力である。

出雲国の詳細